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ロイヤルブルーベリーにたずさわるマスターとマイスターたちを紹介します。
この仕事に情熱を持ち、日々真剣に取り組んでいます。つくり手の顔がわかる
ロイヤルブルーベリーです。

ロイヤルブルーベリーマスター  室井秀貴

早稲田有情と有事の早稲田魂
 昨年6月、何十年ぶりかで早稲田大学に行き、初めて「二水会」に参加させて頂きました。また、同級生と友好をはからせても頂き、改めて早稲田に入学した頃を思い出し、今回その頃の思い出から書いてみようと思います。
 私の家は那須高原の入口である黒磯市で小さな酒の小売業を営んでいました。
高校2年生の夏休みでした。突然、父が心臓麻痺で倒れて亡くなりました。それでも私は、どうしても大学に進学したく、アルバイトを続けながら通える大学を探しました。そして早稲田大学の社会科学部を受験することにしました。
しかし、大黒柱の父は亡く、店も商売繁盛とは言えず、入学費用も工面することができない状況でした。
 丁度その頃日本はオイルショックで、空の一升瓶が60円で売れるほどのインフレ状態でした。それが幸いしたのです。高校3年の1月15日、16日の丸2日、同級生と廃品回収をして30万円を稼いだのです。全ての準備金を自分自身で用意し、念願の早稲田に入学することができました。

ロイヤルベリー・マスター
(ムロイカンパニー社長)
室井 秀貴
 断腸の思いで大学を諦め那須に戻ったものの、そこに待っていたのは祖父と父が残した5000万円もの借金でした。
私には大学在学中にアルバイトで貯めた80万円が手元にありました。それで店を改装し、母子夢中で年中無休、早朝から深夜まで働きました。
そして、5年間かけて必死に借金を返しました。「ゼロからの出発」という言葉がありますが、私は、マイナス5000万円から出発したのでした。

 借金がなくなり、ようやくスタートラインに立てた私は、今度は自分のやりたいことをしようと思いました。自分が生まれ育ち、こよなく愛する那須高原で、新しい事業を興したかったのです。
 コンセプトは「クリエイティブ・リゾートライフ」。日本はもとより、海外にも視察を繰り返し、世界で商業が一番進んでいるアメリカから最新情報を得て、世界で一番人件費の安い中国で生産し、世界で一番物価の高い日本で販売するシステムを築き、全国で初めて企画・生産・販売を一貫して行う業態をつくりました。
今日の那須高原が軽井沢などと並ぶハイグレードなイメージをもたれるようになったのは、少なからず私の貢献もあると自負するところです。

 事業は順調でした。那須高原を拠点にさまざまな事業を日本の各地で展開しました。そして43歳の時には社員も200人程になり、主幹事証券会社も決まり、従業員持株制度もスタートして、3年後に店頭公開を目指すほどになりました。
 自信も得て、人間がやった事は必ず解決できるという過信までもつき、フルアクセルで前へ前へと突き進む毎日でした。
しかし98年の3月、最も営業に力を入れていたフラッグショップが人のねたみを買って放火され、1ヶ月間の営業停止に追いやられました。そして5月、6月には別の店舗が2件続けて強盗に入られ、更に7月には私自身が動物の病原体の空気感染で高熱を発し、長期入院を余儀なくされました。
同じ頃、社内では横領事件が発覚し、私個人の家庭的な問題や取引金融機関の倒産が起こるなど、悪いことがこれでもかと続きました。
しかし、それだけでは終わりませんでした。最悪の事態が待っていたのです。

この年の8月27〜28日の出来事でした。リゾート地の観光商売にとっては繁忙の真っ最中でした。
4000年に1度といわれるほどの大洪水が那須高原を襲ったのです。詳しくはこのホームページの最初にあるとおりです。当社の店舗、施設、ガーデンも壊滅的な被害を受けました。それから半年以上、那須高原には観光客の来ない日々が続きました。
 短期間にいろいろな事件・災難が起こり、とどめは突然の天変地異。人知では考えも及ばない洪水に襲われ、頭の中は真っ白になりました。そして、順調に進んでいた社内外の事柄も全てマイナスに転変しはじめたのです。
 私が、50億の借財をして自殺したという噂がどこからともなく流れました。噂を聞いて自宅まで香典を持ってきた人さえいたのです。この時、晴れているときの友、曇りのときの友、台風のときの友と、全ての友の顔を見ました。
生き地獄とはまさにこのような状況のことを言うのでしょう。確かに死んでしまう方がずっと楽だと毎日考えていました。

 この洪水が襲う前、私は1200坪のガーデンを作り始めていました。自分の手でバラやベリー類の苗を一つ一つ植え、新しい事業に育てたいと力を入れていたのです。しかし、洪水によってガーデンは全滅。洪水に浸った瓦礫だらけガーデンは、私の過信や傲慢さをあざ笑っているかのごとき光景でした。
私は何も考えずに、ガーデンを再生する仕事に手をつけました。大変な労働でしたが、それに集中している間は、自分らしくいられることに気づいたのです。
季節は何事もなかったかのように、秋になり、冬になり、春が訪れました。
まだ残雪が残る4月、久しぶりにガーデンに足を踏み入れた私は、奇跡に出会いました。洪水によって壊滅したはずのガーデンに、ブルーベリーの新しい芽が出ていたのです。私は興奮しました。自然の冶癒力のすばらしさに、ただただ感動しました。
その後、那須高原の火山灰の土壌がブルーベリーにはとても適していることがわかり、栽培を本格化しました。小さなブルーベリーガーデンが今では8000坪のブルーベリー畑になりました。私にブルーベリーを育てろと天命をもらったあのときの興奮と感激の身震いは今でも忘れられません。

 ようやく心の傷も癒えようとするこの頃は、つねにつきまとう天命と、一個の人間にはどうすることもできない理不尽さ、あやうさ、はかなさを全て受け入れ、自然の冶癒力に身を任せ、この那須高原の四季折々の中に自分自身を置き、まず体力、そして気力を充実させることが、生き抜いていく上での本当の力を与えてくれるのではないかと思うようになりました。
 人間大望を持ってはいけない。大きすぎる将来を思案せずに欲を捨て、現実の中にこそ一歩先の小望がある。朝目覚めた時、その日一日の生活を望み考えれば良いのであり、起きてしまったこと、過ぎてしまったことをくよくよ悔やまず、なぜ起きてしまったのか原因をしっかりと追究し、どのように確実に解決するかだけをじっくり考えることだ。そして、スピーディーかつスティディに行動し、同じ過ちを繰り返さないこと。
 世の中のスピードや変化、そして自然の災害にも惑わされない那須高原での私自身に合ったスローライフ。それが今は実践できるようになってきました。
 勝つ必要はない。ただ、負けなければ良い。若いときの剃刀のような鋭い刃もいらない。また、老け込んだ鈍重なナタもいらない。押すだけでなく、引いて初めて切れ味がわかり、いくつかの刃が折れても、様々な方法で切る事が出来るノコギリの様な生き方をしていきたいと思います。

 最近になって5年前の店頭公開の目標は早すぎたのではないかとつくづく思います。人間一生の中で良い出来事も悪い出来事も全てつながっており、私には若い頃の苦労だけでなく、もっと苦労しろと天が試練を与えているのでしょう。
 再びスタートラインに立ったのだと思います。今私は、自分に与えられた運命に兆戦しつつ諦めない “Persistence(絶対に諦めない)”を自分自身に言い聞かせ、運命に逆らわず甘受しながら、ブルーベリーとともに新しい生き方を見い出していこうと思います。

 最後に、この会に参加させて頂き、新沼先生、及び諸先輩方々には大変お世話になりました。私には一生縁の無いと思っていた「交友会」に推薦の上、入会までさせて頂き、この場をお借りしてお礼申し上げます。
 「二水会」に参加させて頂いたことは、金銭ではなく、心の奨学金を頂いた思いでいっぱいであります。有事の時に力を発揮することが早稲田魂であり、このような生き様を後輩たちに見せていくことが一番のお礼ではないかと私は考えています。今回「ニ水会」の情けの有難さには、早稲田有情を身に沁みて感じました。
 今後も機会がある度に、東京まで出向き参加させて頂きたいと思います。そして、新たな参加者が増え、この会が末永く発展することをお祈り申し上げます。
   
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